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新潟県新潟市・新発田市の印刷会社・(株)福島印刷のブログです。

風邪の治し方

家族三人、風邪気味です。
息子は一歳にして、初のそれらしい風邪。
とはいっても、熱はなく、鼻水をズルズル。三日ほど前には大食漢の彼には珍しく食が少し落ちて、くず湯を作るという初めての経験をしました。フルーツを入れたくず湯もヨーグルトもぺロリでしたが。
息子の風邪はすぐよくなり、今度は家人。家人は結婚する前、季節に1、2度は大風邪を引いて寝込んでいたそうですが、最近はかなり健康になったもよう。
「風邪は抗生物質を飲んで、肉を食べて治すものと思っていた」と斬新な考えを持っていたようですが、最近はしょうが湯を飲んで寝ると、お医者さまのお世話にならずとも回復するようです。
私も鼻水と多少の頭痛がしていました。こういうときは公然と家事から手を抜けるようで、それは魅力的なのですが、たまたま週末に食材を買いこんだ後でもあり、余らせないためにいつも通り台所に立つことに。息子の好きなもの、家人に温かいもの、と作っていると、結局さぼれないまま風邪は快復兆候です。
こうやって人のために働くのも、ひとつの風邪の治し方かもしれません。
日々つれづれ日記
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餃子を買いに

新聞販売店の作るミニ新聞に載っていた餃子を買いに、新潟市秋葉区まで行きました。
中国出身の女性の方が作っておられるそうで、確かにおいしそう。
目的地までは小一時間もかかりますが、おいしいもの好きの家人の運転でドライブがてら行きました。
住宅街の中にあり、カーナビなしではたどりつくのもちょっと難しかったかもしれません。
家人が買う間、車の中で待っていましたが、女性の温かい笑顔が印象的でした。
そして購入した野菜餃子と海鮮餃子は、ジューシーでとてもおいしかったです。以前、中国レストランで食べた味を思い出しました。
夕食にはほかにゴーヤで一品、それにキムチとエビの炒め物を作ったのですが、完全にかすんでいました。
その餃子は秋葉区周辺の道の駅でも売っているとのこと。また遠征の機会がありそうです。
日々つれづれ日記
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新米

数日前から新米をいただいています。
地元新潟産のコシヒカリです。
夏の天候のせいで、品質に影響が出ているとも報じられていますが、今年も甘みのあるおいしい新米です。
何となくチャーハンやカレー、雑炊などにするのがもったいなく、焼き魚や煮物、おひたしなどシンプルなメニューばかりですが、家人も「米がうまいからむしろそれでいい」と了承。
毎回、ごはんが炊けるのが楽しみなほどです。
今回は七分づきにしてみました。
私の実家ではいつも七分づきで、慣れているせいもあるかもしれませんが、より米のおいしさを味わえる気がします。また心なしか多少体調がいいような気もします。
ネットで調べると五分までは炊飯器で炊ける、ということでした。
今度は五分にしてみようかと思っています。
秋の実りを味わい、日本に生まれた幸せを感じています。
新潟の名産品
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子供の「わかる」

一歳の息子を見ていると、子供の「わかる」とは不思議だなとしみじみ思います。
当然、言葉を理解するわけでも、話すわけでもありませんが、不思議と「わかって」いるのです。
例えば私が仕事でパソコンに向かっているときは、「お仕事だから待っててね」と言うと、最初はわーわー構ってくれと言っていても、やがて一人で遊びはじめます。しかし同じパソコンでも仕事をせずにネットを見ているときなどは、いつまでも抗議の叫びをやめません。
言葉は理解せずとも、魂でわかる、という言葉があります。育児の本などでも、子供が理解しなくても、大人の言葉で話しかけ続けることの大切さが説かれています。が、それに加えて独特の勘もあるように思います。
先日、新潟市のデパートで買ったおいしいカステラの入った箱を持っていると、くれくれ!!と言っているように大騒ぎしていましたが、明らかに子供は食べられない明太子の箱や比較的安価なおせんべいなどは、食べたことがないはずなのに見向きもしませんでした。
子供って、本質をとらえる能力が備わっているように思います。偉大です。
育児日記
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ニセ唐揚げ

乾燥大豆肉を使って、唐揚げを作りました。
新潟市内の自然食品店で見つけました。
ベジタリアンの方々が、お肉の代わりによく使っておられるものです。
ブロック状のものを買ったので、お湯で5分ほどもどしてから使いました。
この手のものは、どうしても大豆くささが伴うので、にんにくしょうゆでしっかり下味をつけました。
片栗粉をまぶして唐揚げにすると、見た目はほとんど鶏肉の唐揚げ。
試食した家人も「うまいけど、これ何?」という感想。
唐揚げはもっとも大豆くささが感じられない調理法と言われていますが、カロリーも高くなります。かといってほかの料理に完全にお肉の代用として使うには、場合によっては匂いで食べにくくなってしまうこともあるということでした。
こういった「ニセもの料理」に否定的な家人は、「うまいけど、別にこうまでして食べなくてもいい気がする」
残り物の野菜カレーに乗せて、さらにカロリーアップしたことを考えると、確かにそれは一理あるかもしれません。食卓の「あそび」ということで、許してもらいたいと思います。
大豆肉
今日の料理
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はじめの一歩

先日、帰省した際に伯母が息子のためにくつを買ってくれました。
まだ外を歩いたことがなかったので、今日、新潟市近郊の公園に連れて行きました。
段々、過ごしやすくなっていてうれしいです。
靴下と靴をはかせて、ベビーカーからそっと地面に下ろしました。
息子は不思議そうな顔で、何度も靴をなでていました。
しかし興味があるのは降りたばかりのベビーカー。
手で触って動かしたり、車輪に触れたりして、にこにこし、歩く気配はありません。
室内ではかなり自在に歩きますが、まだ外を歩くという実感がないのでしょうか。
ついには地面に座り込んで草を抜き、石を口に入れ、うれしそうな顔をしていました。
はじめてのことが続く、面白い毎日です。
育児日記
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再び、1000キロの旅

再び1000キロの旅をして、帰省先から自宅へ帰ってきました。
新幹線で博多に出て、空路新潟へ。
行きは新幹線と飛行機の接続が悪く、1時間以上博多駅で待ったので、ドアツードアで考えると7時間半近くかかりましたが、帰りは早めに実家を出ても6時間弱。飛行機に乗っている時間も15分ほど短く、とても楽です。
息子は1歳で、家人と交互にひざに抱いていますが、自由に動けないのが不満らしく、目の前に挿してある機内誌を引っ張ったり、キャビンアテンダントさんにもらったおもちゃを投げてみたり。周囲の方にも申し訳なく、大人だけで乗るとあっという間の飛行機も、ずいぶん長く感じます。
それでもこの旅の楽しみのひとつは、福岡空港でのお土産屋さんめぐり。
おいしいものに目がない家人は明太子と長崎の老舗がつくるカステラ等を手にしてご満悦でした。
そして旅の最大の楽しみは、帰りに父が持たせてくれる手作りのお弁当。
帰って買い物や食事の支度を何もしないで助かる上、おいしくていつものように家人と先を争って食べました。
そのうち息子が食べられるようになると、この量では足りません。
ちちのお弁当
日々つれづれ日記
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祖父の法要

実家で祖父の33回忌の法要が執り行われました。
法要といえば、子どものころは正座に長い話と、それ自体が苦行のように感じていましたが、大人になってみると、違った感慨があります。
実家は曹洞宗で、「般若心経」には子どものころから親しんでいましたが、久しぶりにお経本を広げて読むと、昔はひらがなでしか認識せず、音からのイメージしか持てなかった語句が、漢字表記と少しばかりの背景知識によって、意味を伴い、くっきりと形を表してきます。ひらがなで理解し、子ども心に面白い音に感じられていた言葉が、生や死について深い真理を語っていたことに気づかされます。
物ごころつく前に亡くなった祖父の記憶は全くなく、にこやかな遺影の写真一枚でしか、私は祖父を知りません。それを小さいころから残念に思っていましたが、法要では久しぶりに顔を合わせた親戚から祖父の思い出を聞き、自分なりに人物像を描きました。エピソードもそうですが、日常の些細な言動について聞くと、生前の祖父に少しだけ近づき、そこにつながる自分が見えてくる感じがします。
亡き人を悼み、自分の生を省みる。
ご住職の言葉を、自分なりにかみしめています。
日々つれづれ日記
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父の古希祝い

新潟から1000キロ旅をして、実家に帰省中です。
祖父の法要のためですが、今回は関西在住の姉夫婦とともに、父の古希祝いをしました。
プレゼントはホームベーカリー。
料理好きの父は、今でも第二の職場で働きつつ、台所を担っていますが、各種ボランティアや地域のお役に、あきれるほど忙しい日々。
長年、パン作りには興味を持っているものの、なかなか挑戦する時間がないというので、とりあえずホームベーカリーに助けてもらうことにしました。
これでおいしいパンを食べて、長生きしてもらおうと思います。
お祝いの食事は、父の指示で私と姉が作りました。
手順ひとつにもこだわりがあるので、厳しいお姑さんに指導を受けるのはこういう感じだろうかと思ったりもしましたが、今、多少なりとも自分が料理や食にこだわりを持っているのは、父のおかげのようにも思います。自宅で台所に立っているときも、教えられたことをよく思い出します。
ところで、お祝いの席で、1歳の息子は私の母のまねをしてしきりに万歳や拍手、合掌をし、場を盛り上げていました。そのサービス精神が、伝え聞く家人の子どものころを彷彿とさせました。
帰省するたびに、家族の確かなつながりを感じています。
日々つれづれ日記
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断捨離!

ここ2、3日、家中の不要品を片付けていました。
最近は「断捨離」といって、ちょっとしたブームです。
「断捨離」とはヨガの行法哲学から来る言葉で、不要なものを捨て、モノへの執着を放ち去り、心の掃除をするーといった意味で使われているようです。
さて、掃除を始めてみると、できるだけ不要なものは持たず、買わず、シンプルに暮らそうと思っているのに、いつの間にかモノが増えていました。
台所では数年前にベーグルを焼いたきり使っていなかった全粒粉が変色。
クローゼットでは、何年も「来年は着るかも」と思って取っておいた服がひと山。いつもはよくわからないので放置している家人の服にも手をつけ、ほとんど着ないまま首まわりがサイズアウトしてしまったカッターシャツ類を発掘しました。
リサイクルショップで引き取ってもらえるものは引き渡し、比較的きれいな紳士物は、路上生活者の支援団体で寄付を受け付けているというので、そちらへ送りました。
先日経済紙で読んだ記事に載っていた、断捨離専門家(?)のクローゼットは、幅1.5メートルほどのラックに洋服が何着かすっきりおさまっているのみ。シーズンごとに少ない何枚かを着て、季節が終わると処分するということでした。
そこまでの域には達せられず、簡単にモノを捨てることにはちょっと抵抗もありますが、できるだけシンプルに生きたいと、捨てる痛みを味わうとなおさら思います。
日々つれづれ日記
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