大倉 雅美(29才)
営業部 主任、平成11年入社、
昭和54年6月生まれ、
新発田市(大槻)出身


新発田市内の高校を卒業後、岐阜県の短大で2年間、産業デザイン(グラフィックデザイン、印刷、建築、プロダクトデザイン)を学ぶ。地元へUターン後、高校時代から交際していた相手と晴れて結婚。現在は娘(3歳)にも恵まれ、ますます充実の日々。

営業マンになって早いもので9年が経ちました。現在は、主に市内のお客様を中心に担当しています。お得意様のところへ伺って打ち合わせをし、社内のデザイナーに指示を出して、刷りあがった製品を検品して納品するまでが、私の仕事です。 検品は製本部門でしっかりやってくれますが、なるべく自分の眼でも確認をするようにしています。小さなことかも知れませんが、それが仕事に対する責任であり、小さなことだからこそ、おろそかにしたくないと思っています。

新発田の人はあったかい。私はこの街が大好きです。初めてお会いするお客様と「おめさん、うち、どこだね?」から会話が始まり、家が近かったりするとすぐに打ち解けられたり。一方、駆け出し当時に、お客様に本気で叱られたこともありました。ふだんは優しい方だけに大ショック。自分の甘さを反省しました。叱って可愛がってくださったのでしょう。育ててもらったなあ、と、未だに感謝とともにその時のことを思い出します。

これからは、もっとアグレッシブに、自分で何かを仕掛けてみたいです。お客様がまだ気づいていらっしゃらない集客戦略、お店の魅力をもっとよく伝える表現方法などを、さまざまな印刷媒体を活用しながら提案していきたいですね。お客様の売り上げアップに、私のアイデアが役立ったら、最高にうれしいはず。それが今の私の夢です。自分を育ててくれたふるさとに、すこしずつでも恩返しをしていけたらと思っています。

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増子 貴之(22才)
オフセット印刷部、
平成17年入社、
昭和61年4月生まれ、胎内市出身


胎内市内の中条高校を卒業後、どうしても製造の仕事に就きたくて、求人が少ない中あきらめずに探して現在の仕事に。自分が創ったものを誰かが使ってくれて、役に立てる印刷オペレータの仕事に、手ごたえを実感しつつある今日この頃。両親・兄・弟との5人家族。

僕は福島印刷の印刷機オペレータ二年生ですから、まだ、わからないことばかりです。現在は、通称「Sライン」と呼ばれる機械で印刷工程を担当しています。版を機械にセットして、印刷をする作業が自分の仕事。思った色を表現する、その調整が難しいです。目で確認しながらツマミで色を調整する作業で、本当に職人の勘の世界です。工場長には「色の調節に時間がかかり過ぎる」なんて怒られますけど、可愛がってもらっていますし、仕事が面白くて仕方ないって感じの毎日です。

当面の目標は、もっと手際よく、手間取らずに速く刷ること。これに尽きます。まず自分の実力を上げて、そこから物事を始めないと。一人前になるという夢まで結構遠いです。でも、絶対に諦めたくありませんし、諦めるということ自体、有り得ないくらいこの仕事は楽しいですね。

自分が印刷したものを見てくれる人たちに、なにかメッセージがあるとしたら、まずお礼を言いたいです。まったく僕を知らない人たち、たぶん一生顔を合わせることのない人たちが、見てくれているかと思うと、自然と頭を下げたい気持ちになります。
お店や会社とそのお客様はもちろんですが、僕たちみたいな創る人と、見てくれる人とを、印刷物はつないでくれているのではないでしょうか。印刷物には、いろいろな力があると思います。

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酒井 利夫(33才)
企画制作室 デザイナー主任、
平成14年入社、
昭和50年7月生まれ、栃木県出身


足利工業大学で建築を学ぶ中で印刷デザインに興味を持ち、卒業後、社会人向けのマチスアカデミーというスクールで勉強をし直してグラフィックデザインの世界へ。同じくデザイナーの妻、息子(4歳)との3人家族。休日は家族とショッピングに出かけることが多い。宝ものは家族。

学生時代に、建物の図面を描くCADの勉強をしまして。その中でPCを使ってデザインをするDTPを知って興味を持ち、グラフィックデザイナーへ方向転換。昼間働きながら勉強をして、印刷デザインの基礎的な知識を習得していきました。広報誌、商品パンフレット、スーパーや量販店のチラシなど、印刷物のレイアウトが私の現在の仕事です。営業マンが打ち合わせをしてきた内容が、企画制作室へ流れてきて、それをとりまとめながらデザイン表現をしていきます。

今はとにかく多くの仕事を経験することで、実力をつけていきたい。ある量販店のチラシを担当しているのですが、これは商品写真が多く、価格のスペックが大変こまかいのです。初めて手がけた時、商品の並べ方、どの商品を強く打ち出せばよいのか、ものすごく悩みました。周りと相談したり、競合他社のチラシを見たり、大変な中にも楽しくなってきて。「これが創造する面白さなんだ!」と初めて実感できたのが、あの時ではないかと思います。

私がデザインしたチラシは当然、自宅にも折り込まれてきます。自分の創ったものがこうして各家庭に配られ、いろいろな情報を発信しているのだと思うと、やりがいを感じます。妻は、僕がDTPを習い始めた頃から知っていますので、チラシを眺めながら「よくなってきてるね」とか言ってくれます。その一言が単純に嬉しい。お客様の商品をよりよく見せるために、もっともっと力をつけて、よいデザインをしていきたいと思います。

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高野 文武(31才)
オフセット印刷部 主任、
平成12年入社、新潟市出身


長岡造形大学で広告デザインを専攻。就職を決める時、ごく自然に印刷の仕事を選んだ。休日は行き先を決めないドライブや読書で過ごす。ジャンルを選ばず読み、最近読んだ中では、東野圭吾「手紙」が印象に残っている。両親と姉との4人家族。

私は、ポスターやパッケージなど、いわゆる印刷物を眺めることが、大好きな子どもでした。どうしてこんなに綺麗な色なのだろう。何十枚、何百枚、同じものをどうやってつくるのだろう。そんなことが不思議で、魅惑的で、うっとり印刷物を眺めていると時間を忘れました。今から思えば、変な子どもだったかもしれませんが。そんな気持ちはずっと続き、自分はなにをして生きて行きたいのかを考えた時、「印刷しかない」のは、自然の流れだったと思います。とにかく刷ってみたかったのです。

実際に身を置いてみると、印刷はものすごく厳しい世界です。たとえば、お客様のご要望やイメージに合った色で刷らなくてはいけないのに、気をつけないとフッと自分の主観が入ってしまうのです。アートは自己表現でよいのですが、デザインや印刷には客観的な視点が求められます。自分の知識や技術を生かしつつも、ある意味で自分をころさないと、結果、ひとりよがりのものになってしまいますから。私の仕事は、一人前になるには3〜4年かかると言われていますが、「いやいや、まだまだ」と戒めるもう一人の自分がいます。

私のセクションは、営業、企画、製版、印刷、検品、納品の流れの中での印刷作業です。印刷物が大好きで選んだ仕事ですから、印刷はずっとやっていきたい。技術的にもまだまだ未熟ですし、勉強は一生です。その一方で、デザインから印刷までを一貫して手がけ、ひとつのものを創ってみたい気持ちも芽生えてきました。漠然とした夢でしかありませんが、技術を深めながら、もうすこし世界を拡げたい。自分を試してみたいのかもしれません。

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